「ダイエット」の本当の意味とは何であろうか
流行り物とは、絶頂を迎えると、廃れ行くものである。特に、ダイエットなどいい例である。
今日、ダイエットといえば、カリカリに、病気ではないかと疑いたくなるような程痩せる過酷なダイエットが流行している。モデルはいわずもがなであるが、女優や男優までもが大概、細身である。メディアには細身の人間が多く映る、そのことにより触発されたものたちが、過酷なダイエットを始める。また、ファッションもそれにあわせて細身の人が似合う服とシフトされている。そうなると、自分の着たい服を着こなすべく、ダイエットを開始しなくてはいけない状況におちいってしまう。
しかし実際、もともと、ダイエットとは、カリカリに痩せる事を示していたわけではないのである。ダイエットとは、もともとギリシャ語で「生活様式」という意味である「diata」から「日常の食事」へと派生した言葉であるといわれている。その後、「肥満などの治療法」という意味へと置き換えられていった。よく、考えていただきたい肥満である人間に誰も、「カリカリになれ」などといわないであろう、しかし、「少し痩せたほうがいいのではないであろうか?」という言葉をなげかける人は1人くらい存在するはずである。つまり、「ダイエット」とは、無理やり痩せる事を示しているわけではなく、健康体であるように体重を調節するということを、示した語であるのだ。
しかし、昨今では、言葉の意味を履き違えているのであろうか、折れてしまうのではないかと心配になるような足を美脚と呼び、標準では、少しぽっちゃりであると考えられている。また、ダイエットをも通り超し、細くなるということに執着し、ストイックになっているものも見受けられる。
このように、細い女性が主流な今であるからこそ、エステや美容整形の需要も供給も増えているのではないであろうか。ここまで言うと、負け犬の遠吠えのように聞こえるかもしれないが。細く美しいばかりでは、女性本来の魅力が欠落してしまうのではないであろうか。程よく肉をつけ丸みのあるラインを持つ美しい体こそ、女性ならではの魅力であるように思われる。